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茨城県常陸大宮市の山あいにひっそりと佇む「湯の沢鉱泉」は、周囲に民家もない“ポツンと一軒家”のような温泉宿である。車1台がやっと通れる山道の先にあり、秘境感あふれる立地が特徴だ。5代目の五十嵐強さんが営み、県内で唯一「日本秘湯を守る会」に加盟している宿でもある。

創業は1842(天保13)年。初代・五十嵐東之進がけがを負った際、夢のお告げに従ってこの地の湯に浸かったところ回復したことがきっかけとされ、「医者いらずの湯」として知られるようになった。以降、湯治場として地域の人々に親しまれてきたが、山奥で交通の便が悪く、最寄り駅から徒歩で1時間以上かかる立地もあり、次第に客足は減少。4代目の時代には会社勤めをしながら細々と経営が続けられていた。

転機となったのは約40年前の道路開通である。これにより車でのアクセスが可能となり、本格的な営業が始まった。さらに現代的な建物へと建て替えられ、約25年前には「日本秘湯を守る会」への加盟も果たした。現在ではインバウンド客も訪れ、英語対応のスタッフも在籍するなど、秘境でありながら国際的な魅力も備えている。

温泉は低温のため「鉱泉」とされ、加温して提供されている。泉質はナトリウム―炭酸水素塩泉(重炭酸ソーダ泉)で、弱アルカリ性の柔らかな肌触りが特徴。神経痛やリウマチに効能があるとされ、入浴後は肌の調子が整うと評判だ。ヒノキ風呂と岩風呂があり、男女入れ替え制で楽しめる。約40度の適温で、ヒノキの香りとともに奥久慈の自然に包まれる癒やしの時間を味わえる。

宿は全7室とこぢんまりしているが、敷地は約8万平方メートルと広大で、整備された遊歩道もある。春は山菜採りや花見、夏は新緑、秋は紅葉やキノコ採りと、四季折々の自然体験が楽しめるのも魅力だ。食事は常陸秋そばや常陸牛、奥久慈軍鶏など地元食材を活かした会席料理で、山の恵みを存分に味わえる。

日帰り入浴は午前10時から午後4時までで1,000円、宿泊は約1万4,000円から。月曜定休で、那珂インターチェンジから車で約30分、JR水郡線・山方宿駅からは送迎バスも利用できる。

また、周辺には車で30分ほどの距離に名瀑・袋田の滝があり、和紙の体験施設「西ノ内紙のさと」も観光スポットとして紹介されている。館内には、子どもの頃に手に入れられなかった思い出から集められたブリキ玩具や、女将による絵手紙作品が展示され、温泉だけでなく温かな人柄や趣味も感じられる空間となっている。

自然、歴史、温泉、そして人のぬくもりが一体となった湯の沢鉱泉は、現代では希少な“本物の秘湯”として、多くの人を静かに魅了し続けている。

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