秋田県横手市十文字町にある「元祖十文字中華そば マルタマ」は、昭和10年創業という長い歴史を持つ、十文字ラーメン発祥の名店として知られている。地元では「丸武食堂」「名代三角そばや」と並び、“十文字中華そば御三家”の一角として親しまれており、昔から地元住民の日常に溶け込んできた存在だ。観光客向けの派手な演出ではなく、地域に根差した“毎日食べたくなる味”を守り続けているのが、この店最大の魅力である。
店の看板メニューは「中華そば」。価格は驚きの500円で、大盛でも600円という良心的な設定。近年ラーメンの価格が高騰する中、この価格帯を維持していること自体が驚きだが、安いだけではなく味の完成度も高い。多くの人が「これぞ本物の十文字ラーメン」と評価する理由は、その素朴で奥深い味わいにある。
着丼するとまず目を引くのは、透き通った黄金色のスープ。見た目からして澄み切っており、派手さはないがどこか気品すら感じさせる。ひと口すすれば、煮干しや焼き干し、カツオ節、昆布などから丁寧に取られた魚介出汁の旨味がじんわり広がる。動物系を使わず、油も控えめなため、後味は驚くほど軽やか。それでいて旨味はしっかりと感じられ、“あっさりなのに深い”という十文字ラーメンならではの個性が際立つ。
濃厚系ラーメンが主流となった現代において、この優しい味わいは逆に新鮮でもある。ガツンとしたインパクトではなく、日本人のDNAに刻まれたような和の美味しさを感じさせる一杯で、食べる人の胃袋を優しく満たしてくれる。飲んだ後の締めにも合いそうな軽やかさで、毎日でも食べられる飽きの来ない味だ。
麺は細めの縮れ麺。独特のちぢれによってスープを程よく持ち上げ、すすった瞬間に出汁の香りが口いっぱいに広がる。一本の麺でも太さに微妙な違いがあり、手もみのような風合いが感じられるのも特徴。コシはしっかりしており、最後まで伸びにくい。派手な主張はしないが、スープとの一体感が素晴らしく、全体のバランスを支えている。
具材も昔ながらの構成で、豚モモ肉のチャーシュー、メンマ、ネギ、海苔、そして十文字ラーメンの特徴でもある「麩」が乗る。特に麩はスープをたっぷり吸い込み、じゅわっと広がる出汁の旨味がたまらない。チャーシューは最近流行のトロトロ系ではなく、ややパサッとした昔ながらの食感。それが逆にスープの繊細さとよく合い、どこか懐かしさを感じさせる。
店内は食堂らしい親しみやすい雰囲気で、漫画本やテレビも置かれ、地元客が自然体で食事を楽しんでいる。若者から高齢者、家族連れまで幅広い客層が訪れ、まさに地域の日常食堂という空気感だ。有名人のサインも多数飾られており、漫画『寄生獣』の作者も訪れたことがあるという。
注文方法は少し特徴的で、入店後まずレジで食券を購入し、先払いを済ませるスタイル。満席時も食券順で案内されるため、行列時は先に食券を買う必要がある。支払いは現金のみ。席数はカウンター、テーブル、小上がりがあり、家族連れでも利用しやすい。
定番の中華そば以外にも、チャーシュー麺、焼肉中華そば、中国ラーメンなど個性的なメニューも用意されている。中でも「焼肉中華そば」は、透明感ある十文字ラーメンに甘辛い焼肉を大胆に乗せた異色の一杯。魚介出汁の優しい味わいに焼肉のコクが加わり、通常の十文字ラーメンよりパンチのある味に仕上がっている。固定観念を捨てて食べれば、意外なほど相性が良く、新たな魅力を発見できるメニューだ。
夏には「ひゃっこい中華そば」も人気。冷たいスープに締められた細縮れ麺が入り、魚介出汁の旨味がさらに際立つ。冷水で締められた麺は弾力が増し、通常の温かい中華そばとはまた違った美味しさを楽しめる。ギョーザとセットでも1000円以下という高いコストパフォーマンスも嬉しいポイントだ。
マルタマの魅力は、流行を追わず、昭和から変わらぬ味を守り続けていることにある。豪華さや刺激ではなく、安心感と優しさで人を惹きつけるラーメン。約90年もの間、地元で愛され続けてきた理由は、一杯食べれば自然と理解できる。十文字という土地に根付き、地域の人々の暮らしとともに歩んできた“庶民の味”。それは単なるラーメンではなく、秋田が誇る食文化そのものと言える存在である。
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<店舗情報>
【住所】
秋田県横手市十文字町佐賀会上沖田37-8
【電話番号】
0182-42-0243
【営業時間】
11時~19時
【定休日】
火曜日
